『困ってるひと』は”人生の歩き方”

難病に関わる人で、『困ってるひと』という本のタイトルや、著者の大野更紗さんの名前、見えない障害バッジを作っている”わたしのフクシ。”というサイトのことを耳にしたことがある人は少なくないでしょう。わたしも去年『困ってるひと』が書籍化されたときからずっと気になっていました。本屋さんでも何度も手にとったことがあります。でも、なかなか読む踏ん切りがつきませんでした。

それはなぜかというと、大野さんの経歴に臆していたのです。大野さんは上智大学外国語学部フランス語学科在学中にビルマ(ミャンマー)の人権問題に取り組み、NGO活動に参加。大学院に進学したところで年間発病率が100万人あたり2~10人という皮膚筋炎および筋膜炎脂肪織炎症候群の二つの難病を発症しました。

実はわたしも大学進学当時は、子供たちが安心して暮らせる世界を作りたい、という希望に燃えていて、憧れは緒方貞子さん。大学院に進むか国家公務員としてキャリアを積んでからUNICEFかUNHCRに行きたい、と思っていたのでした。そのために野田総理をはじめとする政治家を多数輩出している大学の政経学部政治学科なんていうカッチカチやぞ! な学科を選び、国連関係で働くなら英語が必須なので英会話スクールも通い、第二外国語は「英語がゲルマン語系だから、ラテン語系のフランス語を学べばかなりの国で大丈夫だろう」とフランス語を選択したのでした。しかも、フランス語のクラスはハードモード(時間数が多く、担当教授が厳しい)とイージーモード(楽勝)があったのを、あえてのハードモード。もう超やる気満々だったのです。

しかし、子供のころからの持病である喘息がいまひとつ良くならず、途上国で活躍するのは体力的に無理っぽいなあ、と感じていました。更に(こっちのほうが大問題だったのですが)、フランス語がさっぱりわからない。ちんぷんかんぷんもいいところ。なーんにも覚えられない。どうやって単位をとったのか、全く覚えていません。その上、サークルの先輩などで大学院に進む人の話を聞いていると、自分とは頭の作りが全然違う。受験に合格したときは「わたしけっこう頭いいのかも!」と浮かれたのですが、すぐにコテンパンにやられました。こりゃあダメだ、無理だ、と早々に挫折し、バブル真っ只中の学生生活を普通にエンジョイ。就職活動中にバブル崩壊が始まるも、多少残っていた「世の中の役に立ちたい」という気持ちを叶えてくれそうな医療関係の会社に無事就職。アジア地域の担当となり、夢をちっちゃくした感じで何となく満足してしまっていました。

さらに、難病を発症とはいえ一番患者数の多い潰瘍性大腸炎、症状も軽いし、再燃させなければ日常生活にそれほど支障はありません。UCの中でもわたしはかなり楽なほうです。もっと大変な人の話を聞くたびに、難病、UCと名乗っていいんだろうか、と思うほどです。

そんなこんなで、大野さんの”フランス語学科”、”人権問題に取り組む”、しかも難病中の難病というところに引け目を感じてしまって、どうも腰が引けてしまっていたのです。

でもやっぱり読みたい! ということで、文庫になったのをきっかけに購入しました。

困ってるひと (ポプラ文庫)
大野更紗
ポプラ社
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大野さん、読者を卑屈にさせるような人じゃなかったです。
なんていうか、それどころじゃない。
体をほんの少し動かすだけで激痛が走るのに、病院をたらいまわし。ようやく見つけた専門病院で一息つくも、麻酔もかけずに筋肉を切るという、想像するだけで失神しそうな検査。まわりの患者さんのあまりの重篤さに心が壊れそうになったり、薬が合わなくて大変なことになったり、読みながら「ギギギ...」と歯を食いしばっちゃうような謎の症状が現れたり。

ものすごく辛いんだけど、どんなときも冷静に状況を観察している大野さんがいるのはさすが研究者。さらにちょっと面白いかも、と思っていることがよくわかります。
わたしも、入院期間中、辛かったけど「これはネタになるな」と頭の片隅で考えていたり、細々したことが意外に面白かったりしたので、共感を持ちました。

入院が長くなってくると、特定疾患の申請や障害者手帳の取得など、「難病患者として生きるツール」を手に入れる段階に入ります。すると、難病患者は社会の仕組みや制度のはざまに落っこちてしまっていることに気づきます。”体が辛くて困っているひと”に、”社会的にも困ってるひと”が掛け算されるという現実。例えば、特定疾患の申請に必要な書類を揃えるのは、体調が悪くなければ、家族が協力してくれれば、役所が近くにあれば、さほど大変なことではないけれど、もし指を動かすのも辛くて、家族が近くにいなくて、頼れる人が誰も思い当たらなくて、住民票がふるさとにあったりしたら? 病院にいるソーシャルワーカーさんであっても、代行はしてくれないということを初めて知りました。

こういうことって、「難病」に限ったことではないですよね。
これまで書いてきた「難病」という言葉を「失業」「認知症」「がん」「災害」などと置き換えたら、どんな人にも無縁の話ではない、ということに気づくはずです。それだけでもショックなことなのに、突然制度の谷間に落ちてしまって、全部自分で調べて何とかしなくちゃいけないって言われたら...

大野さんは知性とバイタリティ、そしてほのかな恋心で「自分らしく生きる道」を手に入れていきますが、その過程はものすごく困難です。もっと弱い人、辛い人も、生きたいように生きていける社会は、元気いっぱいな人にとっても絶対に住みやすい、優しい社会であるはず。そんな世の中になるまでは、『困ってるひと』は、『地球の歩き方』みたいに、かなり厳しい旅のガイドブックになるのでは、と思いました。

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